昨日午後、産寧坂から粟田神社まで平家にまつわる史跡を探し回りましたが、なかなか見つかりませんでした。祇園女御の真新しい石碑一つだけでした。
物語である源氏物語の遺跡が残っていて、 現実の平家の遺跡が余り無いというのは歴史の皮肉でしょうか。
紫式部と同時代の藤原道長と平安末期の清盛という権力者を比較してみるのも面白いかもしれません。文化的には初期は女房たちの活躍があり、後期は琵琶法師や多くの優れた歌人たちが輩出されましたね。
昨日午後、産寧坂から粟田神社まで平家にまつわる史跡を探し回りましたが、なかなか見つかりませんでした。祇園女御の真新しい石碑一つだけでした。
物語である源氏物語の遺跡が残っていて、 現実の平家の遺跡が余り無いというのは歴史の皮肉でしょうか。
紫式部と同時代の藤原道長と平安末期の清盛という権力者を比較してみるのも面白いかもしれません。文化的には初期は女房たちの活躍があり、後期は琵琶法師や多くの優れた歌人たちが輩出されましたね。
平家の家紋が揚羽蝶とは洒落ています。
「平家物語」では祇園精舎の鐘の声・・・を誰もが思い出すと思いますが、次に思い出すのは何でしょうか。厳島神社、平家納経、あるいは平家にあらずんば・・・でしょうか。
清盛が死に際に西方浄土を念じて阿弥陀如来来迎図から五色の紐を手繰り寄せて最期を迎えた情景です。(平等院にその痕跡の穴が残っています)
清水寺から西山に赤々とした大きな夕陽が沈む光景を見ていると、清盛も同じ光景を見ていたのだろうかといつも思ってしまいます。
いつもドラマティックになる時間です。平安時代に清水寺はあったし、清盛も参拝し、この夕陽を見ていたに違いない。彼の邸宅は清水から近かったはずだし。いつしか平安時代にタイムスリップする瞬間です。
各 位
新年明けましておめでとうございます。
皆様のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。
今年も少ないですが、Smartphoneで京都観光ビデオを
配信して参りますのでご鑑賞下さい。
今年のNHKの大河ドラマ平清盛ですので、
それにまつわる映像をお届けしたいと思っております。
MiR(ミール)
元気広場
JAPAN PR VIDEO
ハプニングがありました。大鐘を撞く棒は丸太の大きく太いものです。一人の僧侶が全身で綱に体をゆだねで鐘を撞きますが、そのとき10人程の僧侶が丸太の手綱を引いて手助けをします。
全員で手綱を力いっぱい引っ張って、一人が鐘にエイッとばかりに突進していきましたが、丸太の勢いに揺さぶられて、コッロッと地面にこけてしまいました。試し撞きというだけに、初めてだったのでしょう。お気の毒でした。
くすくすと押し殺した声があちこちから聞こえてきました。巨大鐘が恨めしかったでしょうね。
12月27日、京都の年の瀬を迎えたイベントで知恩院の除夜の鐘試し撞きが行われる。ぜんこくから集まった同宗派の若い僧侶たちが、全身で大鐘に体当たりするように鐘を突く姿は勇壮だ。普段の生活とはかけ離れた様子が見られます。
昔の僧兵とでもいうようなエネルギーが漲っています。
12月13日は京都の花街の新年「事始め」でした。芸舞妓さんたちが井上流の師匠宅に行き、新年のご挨拶をします。また日ごろご指名をしてくださるお茶屋さんにも新年のご挨拶をします。